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鹿児島地方裁判所 昭和58年(ワ)674号 判決 1985年12月16日

原告

田之上文雄

右訴訟代理人

亀田徳一郎

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

渡辺文夫

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者

後藤康男

被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者

久保虎二郎

右被告三名訴訟代理人

安田雄一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原 告

1  原告に対し、被告東京海上火災保険株式会社は金二三六万円、被告安田火災海上保険株式会社は金五九〇万円、被告日動火災海上保険株式会社は金二三六万円及びこれらに対する昭和五八年一一月二六日から各完済迄年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

一  保険契約

1 被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という)との間に、昭和五六年一一月一〇日左記傷害保険契約を締結した。

被保険者 原告

保険種類 交通事故傷害

契約形態 個人

保険金額 本人死亡・後遺障害 一〇〇〇万円

右保険料 七〇〇〇円(年間)

入院保険金日額 一万五〇〇〇円

右保険料 九〇〇〇円(年間)

通院保険金日額 一万円

右保険料 二〇〇〇円(年間)

2 被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という)との間に次のとおり保険契約を締結した。

(1) 保険名 ファミリー交通傷害保険

契約日 昭和五六年一一月一二日

被保険者 原告

保険期間 昭和五六年一一月一二日午後四時から 昭和五七年一一月一二日午後四時まで一年間

保険金の種類 (傷害)

死亡・後遺障害本人 五〇〇〇万円

医療保険金日額本人 一万円

保険料 六万四一〇〇円

(2) 保険名 傷害保険

契約日 昭和五六年一一月一二日

被保険者 原告

保険期間 (1)と同じ

保険金の種類 死亡・後遺障害 二〇〇〇万円

右保険料 三万四〇〇〇円(年間)

入院保険金日額 一万五〇〇〇円

右保険料 二万四〇〇〇円

通院保険金日額 一万円

右保険料 六〇〇〇円

右保険料合計 金六万四〇〇〇円

(3) 保険名 積立ファミリー交通傷害保険証券

契約日 昭和五七年三月二四日

保険期間 昭和五七年三月二四日から 昭和六二年三月二四日午後四時まで五年間

保険金額 死亡・後遺障害本人 二〇〇〇万円

医療保険金日額本人 五〇〇〇円

保険料 九二万円

3 被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という)との間に昭和五七年二月六日火災保険契約を締結した。

保険の目的 建物 八〇〇万円

家財 四〇〇万円

保険期間 昭和五七年二月六日から 昭和五八年二月六日午後四時まで一年間

保険料 主契約 二万八二〇〇円

交通傷害特約 二〇口 一万九〇〇〇円

右合計 四万七二〇〇円

二  事故

原告は昭和五七年五月三一日午後七時五三分ごろ、鹿児島市武岡一丁目二番市営住宅四四棟先路上において普通乗用車を運転中、追突され、頸部神経症候群、右肩胛部、左臀部打撲傷の傷害を被り、昭和五七年七月一日から同年一一月一日まで一二四日間入院、昭和五七年六月一日から同年一一月三〇日まで通院治療五五日間(内治療実日数五〇日間)の治療を要した。

三  原告が支払いを受けるべき保険金額

1 被告東京海上

入院給付金 一八六万円

通院給付金 五〇万円

右合計 二三六万円

2 被告安田火災(三件)

(1) 入院給付金 一八六万円

通院給付金 五〇万円

(2) 入院給付金 一八六万円

通院給付金 五〇万円

(3) 入院給付金 九三万円

通院給付金 二五万円

右合計 五九〇万円

3 被告日動火災

入院給付金 一八六万円

通院給付金 五〇万円

右合計 二三六万円

四  原告は前記第一項記載の保険内容に従い契約通りの保険料を支払つてきたので、第二項記載の事故により第三項記載の保険金を受領する権限を有する。原告は被告らに対し右保険金の支払いを請求するも被告らは支払いをしない。

五  よつて原告は被告東京海上に対し保険金二三六万円、被告安田火災に対し保険金五九〇万円、被告日動火災に対し保険金二三六万円及びこれらに対する昭和五八年一一月二六日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

一  請求原因第一項は認める。

二  同第二項中、事故の発生及び入通院の事実は認めるが、受傷内容は不知。右事故と入通院につきその因果関係及び必要性を争う。

三  同第三項は否認する。

四  同第四項中、被告らが支払わないことは認め、その余は否認する。

五  同第五項は争う。

(被告らの主張)

一  原告は本件事故によつては入通院保険金の支払いを必要とするような傷害は負つておらず、被告らは保険金を支払う義務はない。入通院保険金が支払われるのは、被保険者が交通事故等で「傷害を被り、その直接の結果として生活機能もしくは業務能力の滅失または減少をきたし」た場合に治療日数に対し支払われるものである。ところが、原告の羽牟医院における入通院等受診行為は、次の事実、すなわち、本件事故は原告が運転する普通乗用自動車に、川村洋一運転の原告車より小型の軽四輪貨物が追突したとされるものであるが、原告車は左後部バンパー及びトランク部分が若干曲損したという程度のものであり、軽微な事故であること、原告が羽牟医院に入院したのは、本件事故発生より一か月も経過した昭和五七年七月一日であり、その際にも羽牟医院の方では何らの検査もなされず、ただ慢然と入院させ、入院に至つた医学的根拠が極めて薄弱であること、羽牟医院はこれまでも電柱衝突事故を起こした者等を自覚症状のみで長期間入院させるなどの経歴を有するものであり、乙第一九号証のカルテの記載内容からみても何らの検査もしてなく又所見や治療指針もなく、慢然と治療しているとしか考えられないものであること、原告は入院中車を乗り回し外泊、外出をくり返していたこと、原告は本件事故以前にむち打症で四回も長期入院をくり返し、四回目の昭和五六年九月一三日自車を電柱に衝突させた事故では、本件事故の僅か四か月前である昭和五七年一月三一日までむち打症の治療を受けていることからすれば、原告の頸部の症状が仮に真実だとしてもそれは持病であること、原告は職業を駐車場経営と称しているが、その証明も又実体もなく、本件事故及び入通院中は無職であつたこと等の事実及び後記第二以降の事実からして、専ら保険金取得に向けて意図的になされたものであり、到底原告が本件事故の直接の結果として生活機能もしくは業務能力の滅失または減少をきたしたとは認められず、原告主張の症状と本件事故との間には相当因果関係がないことは明らかであるから、被告らはいずれの入通院保険金も支払う義務はないものである。

二  仮に原告が入通院保険金の支払いを必要とするような傷害を負つていたとしても、本件については被告らは次に述べる免責事由がある。

1 被保険者(原告)の故意または重過失による免責の主張。

(一) 本件事故の態様における不自然さ

本件事故現場は高台にある武岡団地から常盤町を経由して市街地へ通ずる急な下り坂道路で緩やかな右カーブの地点であり、事故時は雨が降つており路面は濡れていた。原告はこのような危険な場所において、川村洋一運転の後続車があり、しかも後続車のライト等から判断すれば、後続車が近接して追尾していることは十分認識しながら、方向指示器も点燈することなく道路中央付近に停止したために、川村運転の後続車に追突されたというものである。そして原告がこのように危険な場所で停止したのは同人の主張によれば尿意をもよおしたからというのであるが、そうであれば何も道路中央に停止すべき必然性はなく、むしろ左側端に停止するのが常識であり、何故道路中央でわざわざ停止したのか説明がつかない。また、尿意をもよおしたから停止したという供述についても、原告は事故直前すし屋に寄つておりそこで既に尿意をもよおしていたというのであるから、すし屋で用を足しておけば済むことであり、何もわざわざ雨降りの夜道路端で用を足す必然性は全くなく、尿意をもよおしたから停止したとの原告の主張自体何ら信用性がないものといわざるを得ない。そうすると原告の前記停止行為は追突を自招したものとしか考えざるを得ないものである。

(二) 傷害及び入通院治療における不自然さ

前記一で詳述したとおり、原告の傷害及び入通院治療は極めて不自然である。

(三) 付保状況の不自然さ

原告が本訴で請求している保険金の保険契約は、昭和五六年一一月一〇日から昭和五七年三月二四日の間に締結され、いずれの保険も原告から積極的に加入しているのである。また、積立ファミリー交通傷害保険を除けば入院給付日額、通院給付日額は最高の額を締結しており、その間の保険料合計は本訴分だけでも一一一万三三〇〇円もの多額になつている。しかも普通傷害、ファミリー交通傷害、交通事故傷害の各保険については、原告が別件の自損事故で入院中ほぼ同時期に締結されており、極めて不自然である。また住宅総合保険については、それまで農協の火災保険(交通傷害の特約がない。)に加入していたものをわざわざ解約して、交通傷害特約があるからという理由で昭和五七年二月六日日動火災の住宅総合火災に加入し、入院給付日額が最高額となる交通傷害特約を締結しているのである。

そして最後の保険契約(積立ファミリー交通傷害)締結後二か月余りで本件事故が発生しているのであり、そこには単なる偶然とは到底いえないものがある。ところで、原告が本訴で請求している保険金は五件の保険契約であるが、これだけでも入院給付日額合計は六万七五〇〇円もの多額にのぼるが、原告は他に富士火災の搭乗者傷害保険、郵便局の簡易生命保険、住友生命の生命保険、鹿児島県火災共済保険にも加入しており、これらの入院給付日額をも加算すると、入院一日の給付額は一〇万七三〇〇円となり、一か月入院すると実に三三二万六三〇〇円もの給付を受けることになる。原告は保険契約締結時は三二、三歳の独身でしかも実質的には無職同然であり、後述するように保険金で生計をたてていたことなどからすれば、前記多額の掛金を要する保険に多数加入し、多額の保険給付金が受けられるような保障をつけるなどは不自然極まりないことであり、通常人の感覚からすれば全く異常なことといわざるを得ない。更に注目すべきことは、原告が本件事故で保険を受けている郵便局の簡易生命保険契約(契約締結には住民票が必要である。)である。同契約は昭和五七年三月二五日締結されているが、同年三月二〇日に住民票をわざわざ鹿児島市から京都市に移転し、京都市の住所で契約を締結し、同年四月一日再び住民票を鹿児島市に移転しており、これは明らかに鹿児島市で契約を締結すれば、後述するように原告はこれまでにも何回も簡易生命保険金の受領歴があることから不都合なために工作をしたとしか考えられないものである。現に安田火災の積立ファミリー交通傷害保険契約は昭和五七年三月二四日締結されているが、この時の原告の住所は鹿児島市になつているのであり、この事実からすれば、原告は既に保険契約締結時に保険金取得に向けて意図的な工作を行つていたことを如実に物語るものである。

(四) 原告の交友関係、事故歴、既往症等について

原告は本件事故の約八か月前である昭和五六年九月一三日鹿児島市内の道路で原告運転の自動車を電柱に衝突させるという自損事故を起こし、むち打症と称して昭和五七年一月五日まで八幡医院に長期入院し、多額の入院給付保険金を受領している。更にその後同年四月四日には、原告の友人である訴外宮本林義が運転する自動車の助手席に同乗中、北九州市小倉南区の道路上で右宮本がやはり電柱に自動車を衝突させるという自損事故を起こし、この時は原告は前回の自損事故のこともあつたからか、訴外宮本のみがむち打症と称して同年七月三一日まで八幡医院に長期入院したが、訴外宮本も多数の保険契約があり、事故の態様等にも不自然な点があつたため保険会社の方で保険金の支払いをなさなかつた。そして右事故の約二か月後に本件事故が発生しているのである。また原告は、以上述べた事故以前にも昭和五二年二月一〇日以降の分に限つても、別紙記載のとおりの既往症及び保険金給付歴があり、これによれば原告は約七年間に本件で請求している保険金を除き、総額二六四八万三三二〇円の保険金を受領しており、特に昭和五五年以降は入院をくり返し、保険金で生計をたてていたとしか考えられない状況である。これは通常人の感覚からすればあまりにも異常である。しかも、原告は本件で入院の主訴としているむち打症については、本件以前に四回も長期入院をくり返しているのである。

(五) 以上(一)ないし(四)の事実を総合して判断すると、本件事故は経験則上高度の蓋然性をもつて保険金取得に向けて意図的になされた故意傷害の存在を窺わしめる典型的現象というべく、然らずとも重大な過失によるものである。

原告が本訴で請求している各保険契約の普通保険約款には、被保険者が重大な過失により受傷した時には、保険会社は保険金の支払義務を免れる旨定められている。

2 告知、通知義務違反による免責の主張

(一) 普通傷害保険、ファミリー交通傷害保険、積立ファミリー交通傷害保険、交通事故傷害保険の各普通保険約款及び住宅総合保険の交通傷害担保特約条項によれば、保険契約締結の当時既に他の保険契約を締結している場合は、保険契約者はその事実を告知すべき義務があり(告知義務)、また保険契約締結ののち他の保険契約を締結する場合には、保険契約者はあらかじめ書面をもつてその旨を先保険会社に通知し、その保険証券に承諾の裏書を請求しなければならず(通知義務)、告知義務、通知義務のいずれの違反の場合にも、保険会社は当該保険契約を解除することができ、また保険金の支払義務を免れる。ところが原告は、昭和五六年一一月一二日被告安田火災と普通傷害及びファミリー交通傷害保険契約を締結した後、昭和五七年二月六日被告日動火災と住宅総合交通傷害担保特約付保険契約を締結するに際し、あらかじめ先保険会社である被告安田火災に対し通知承認裏書請求を何らなさず、また原告は同年三月二四日同社と積立ファミリー交通傷害保険契約を締結する当時、既に同年二月六日被告日動火災と住宅総合交通傷害担保特約付保険契約を締結しておりながら、被告安田火災にその事実を全く告知していない。また原告は、昭和五六年一一月一〇日被告東京海上と交通事故傷害保険契約を締結した後、被告安田火災と同年一一月一二日普通傷害及びファミリー交通傷害保険契約を、昭和五七年三月二四日積立ファミリー交通傷害保険契約を、また同年二月六日被告日動火災と住宅総合交通傷害担保特約付保険契約を各々締結するに際し、あらかじめ先保険会社である被告東京海上に対し通知承認裏書請求を何らなしていない。更に原告は、昭和五七年二月六日被告日動火災と住宅総合交通傷害担保特約付保険契約を締結当時、既に昭和五六年一一月一二日被告安田火災と普通傷害及びファミリー交通傷害保険契約を、同年一一月一〇日被告東京海上と交通事故傷害保険契約を締結しておりながら、被告日動火災にその事実を全く告知せず、また原告は被告日動火災と前記保険契約締結した後、昭和五七年三月二四日被告安田火災と積立ファミリー交通傷害保険契約を締結するに際し、あらかじめ先保険会社である被告日動火災に対し通知承認裏書請求を何らなしていない。

(二) そこで前記各条項に基づき、原告に対し昭和五七年一二月二六日到達の内容証明郵便をもつて被告安田火災は普通傷害保険、ファミリー交通傷害保険及び積立ファミリー交通傷害保険の各契約を、被告東京海上は交通事故傷害保険契約を、被告日動火災は住宅総合交通傷害担保特約付保険の交通傷害担保特約をそれぞれ解除する旨従つてまた保険金の支払いはできない旨意思表示した。

3 他覚症状のない傷害による免責の主張

原告の羽牟医院への入通院は、原告の主張によればむち打症によるもののようであるが、何ら他覚症状のない自覚症状のみに基づくものである。そして普通傷害保険の保険約款第2章第3条2項、及び交通事故傷害保険の保険約款第2章第4条2項には、原因のいかんを問わずむち打症または腰痛で他覚症状のないものに対しては、保険会社は保険金の支払義務を免れる旨定められている。

第三  証拠<省略>

理由

一原告と被告東京海上、被告安田火災、被告日動火災間に原告主張の保険契約が締結されたこと、本件事故が発生したこと、原告が入通院したこと、被告らが原告に保険金を支払わないことはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで原告の保険金請求権の成否につき被告らの主張と併わせて検討する。まず被告らは原告は本件事故によつては入通院保険金の支払いを必要とするような傷害を負つていない旨主張する。<証拠>によれば、入通院保険金が支払われるのは被保険者が交通事故等で「傷害を被りその直接の結果として生活機能もしくは業務能力の滅失または減少をきたし」た場合に治療日数に対し支払われるものであることが認められる。そこで原告が本件事故により傷害を被りその直接の結果として生活機能もしくは業務能力の滅失又は減少をきたしたか否かにつき検討するに、<証拠>によれば、原告は自動車を運転中、後続車に追突され頭が重たい、頸部より右肩に疼痛があると訴え、事故の翌日羽牟医院へ行き診察を受けた。同医院の羽牟医師は原告が痛いと訴える箇所を指で押えて原告の反応を見て圧痛点をさがすという方法により診察した結果、頸部神経症候群と診断しその程度は首の骨に異常はないが、いわゆるむち打ちの症状を訴えるもので二、三週間経過しても症状が消えないものでありこのようなものは外傷に該当すると判断した。以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は前記保険金が支払われる場合の傷害を負つたものと認めるのが相当である。

三次に被告らの主張する免責事由につき検討する。被告らは第一に原告の受傷は原告の故意による、然らずとするも重大な過失による事故により生じたものである旨主張する。まず本件事故の態様に不自然さが存するか否かにつき検討するに、<証拠>によると、本件事故現場は高台にある武岡一丁目二番市営住宅先の道路であり、武岡方面から常盤町方面にかけ下り坂となつており事故現場付近からその下り勾配は傾斜を増しており、更に右カーブとなつて見通しは極めて悪く、事故当時夜間で雨が降り路面はぬれていた。原告は車のライトから後続車が近接して追尾してくることを認識しながら方向指示器を点滅することなく道路中央付近に停止したため後続車に追突された。以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで原告が右のような危険な場所で停止したのは尿意をもよおしたからである旨供述するが、仮にそうであれば追突されるのを防止するために道路の左側端に停止すべきであるのに道路中央付近に停止した理由が理解できない。また尿意をもよおしたので停止したとの前記供述については、仮に尿意をもよおしたのが真実だとしても事故直前にすし屋に立ち寄つている(原告本人尋問の結果により認められる)のであるから、そこで用を足しておくことができたはずであり(この点に関し原告は外へ出てから用を足せばよいと思つたと述べているが、自己の供述の不自然さをつくろうものとしか考えられない)、雨降りの夜道路端で用を足さねばならなかつた特段の事情は認めるに足りる証拠はなく原告の右主張は採用し難い。以上の事実によると、本件事故は原告が故意に、然らずとするも重大な過失により自ら追突を招来したのではないかとの疑いが残存し、原告が本件事故の被害者であると主張するには事故の態様につき不自然さが存する。次に原告の入通院治療における不自然さの有無につき検討するに、<証拠>によれば、原告の症状を診察した羽牟医師は入院が必要か否か約二週間様子を見るつもりであつたので、当初から入院を強く希望していた原告の申出を拒否していた。ところが原告が二、三週間経過しても自覚症状がひどくなつてきたと訴えたので、羽牟医師も入院が適当と判断した。しかしながら入院後において、原告は一日三回の検温を受けず度々無断外出、外泊を重ねることがあり、昭和五七年九月三日には自動車で外出し病院に帰らなかつたことが被告らの方で現認された。原告は約四か月入院したが、入院を認めた羽牟医師も四か月の入院は長すぎたと感じていること、以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば原告の入院は専ら原告の自覚症状を理由に決められ、入院の必要が存したか疑問がないとはいえず、仮に入院の必要があるとしても原告は四か月も入院を要する程の症状が存しないのに入院を続けたことが認められ、原告の入院治療には極めて不自然な点が存する。次に保険契約が付された状況に不自然さが存するか否かにつき検討するに、原告は本訴で請求している保険金の保険契約を被告らとの間で締結したが、右契約による保険料は年間合計一一一万三三〇〇円であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告は本訴で請求している保険契約以外にも郵便局の簡易生命保険、住友生命の生命保険、鹿児島県火災共済保険にも加入していたこと、原告は保険契約締結当時独身で定職に就いておらず、入退院をくり返し、退院後のわずかの間にタクシーやトラックの運転手をしたり、中古車の販売や古物商の仕事をする程度で安定した収入を得ていなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によると原告の当時の経済力からみて不相当ともいえる多額の掛金を要する保険に多数加入していることが認められ、このような保険加入の仕方は極めて不自然である。次に原告の事故歴、既往症及び保険金受領状況につき検討するに、<証拠>によれば、原告は本件事故の約八か月前の昭和五六年九月一三日、鹿児島市内の道路で原告運転の自動車を電柱に衝突させるという事故をおこし、むち打症という病名で八幡医院に長期間入院し多額の入院給付金を受領した。<証拠>によると、昭和五七年四月四日原告の友人である宮本林義が運転する自動車の助手席に同乗中、宮本が電柱に自動車を衝突したこと及び本件事故は右事故の約二か月後に発生したことが認められる。宮本がむち打症という病名で八幡医院に入院したが右事故の態様に不自然な点が存するとして保険会社が保険金の支払いをしなかつたことは当裁判所に顕著である。本件事故は右事故の約二か月後に発生した。<証拠>によれば、原告は昭和五二年二月一〇日以降、別紙記載のとおりの既往症及び保険金給付歴があり、原告は約七年間に総額二六四八万円余の保険金を受領しており、保険金で生計をたてていたかのような状況が認められること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の認定事実をもとに総合して判断すると、原告は保険金を保険会社から受領するため故意に本件事故を惹起したものであると推認するのが相当である。<証拠>によれば、原告が請求している各保険契約の約款には被保険者が故意又は重大な過失により受傷したときは保険会社は保険金の支払義務を免れる旨規定されていることが認められる。以上の事実によれば、原告は被告らに対し本件事故による保険金を請求することができないので、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官日野忠和)

別紙

原告に対する保険金支払状況

一 昭和五二年二月一〇日トラックから荷下し中左足指骨折裂傷後日切断の事故

① 簡易生命保険 金八四万円

二 昭和五三年四月二三日普通乗用車運転中柏原正義運転の後続車が追突し頸部捻挫

① 簡易生命保険 金一八〇万円

② 住友生命保険 金一二〇万円

三 昭和五三年一二月一七日ボディビルセンターでバーベル持上中腰痛

① 簡易生命保険 金一八〇万円

② 住友生命保険 金一二〇万円

四 昭和五五年一月頃腰椎々間板ヘルニア、慢性虫垂炎

① 簡易生命保険 金五八万五〇〇〇円

② 住友生命保険 金三三万円

五 昭和五五年一月頃腰椎々間板ヘルニア、頸部症候群

① 簡易生命保険 金一一七万円

② 住友生命保険 金三九万円

六 昭和五五年九月二七日肩背筋膜症候群、外傷性頸部症候群後遺症

① 簡易生命保険 金一八〇万円

② 住友生命保険 金六一万五〇〇〇円

七 昭和五六年二月一日胃炎

① 簡易生命保険 金一二一万五〇〇〇円

② 住友生命保険 金四〇万五〇〇〇円

八 昭和五六年五月一〇日城山登山口石段で転倒頭部、胸部、四肢打撲

① 簡易生命保険 金一一二万五〇〇〇円

② 住友生命保険 金三五万円

九 昭和五六年九月一三日普通乗用車で電柱に衝突自損事故による外傷性頸部症候群

① 簡易生命保険 金五〇万五〇〇〇円

② 住友生命保険 金五二万円

③ 鹿児島県火災共済協同組合保険 金五八万五六〇〇円

④ 富士火災 自動車自損保険 金七三万二〇〇〇円

搭乗者傷害保険 金一八九万円

一〇 昭和五七年五月三一日の本件交通事故

① 簡易生命保険 金一八〇万円

② 住友生命保険 金五九万五〇〇〇円

③ 鹿児島県火災共済協同組合保険 金七五万一二〇〇円

④ 富士火災 搭乗者傷害保険 金一二六万五〇〇〇円

⑤ 大正海上火災 賠償保険 金一八一万四五二〇円(内五九万八三八〇円治療費)

⑥ 千代田火災 自賠責保険 金一二〇万円(内八〇万円治療費)

総合計 金二六四八万三三二〇円

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